ギャル文化 その2

コギャル その2

1990年代末期の頃には、既に高校を卒業しているにも関わらず、当時のコギャルとぜんぜん変わらないメッシュを入れた髪型と制服に身を包んで、ルーズソックスにローファーを履いて街にくりだすという「なんちゃってコギャル」という女性も存在していました。

その当時はコギャルブームと言って良いほどの流行ぶりで、ワイドショーや週刊誌を初めとして、メディアでは女子中高生やコギャルの特集が連日連夜と書き立て報道されていました。その報道の影では、若者の貞操概念や道徳観の欠落など様々な問題も同時に取り上げられていて、特に「援助交際」に関しては児童買春・児童ポルノ禁止法が整備されていなかったこと、青少年保護条例が現代ほど機能していない時代ということもあり、社会問題として強く問題視されていました。

その反面に黒い資金源(児童買春)があったから、高校生や中学生の身分で非常に高価なファッションを装う事ができたり、目まぐるしく変化していく流行に順応してゆく彼女たちを絡めて、多様なコギャル像が構築されていきました。

1990年代を賑わせたコギャルですが、2000年代に入るとマスコミ媒体では殆ど聞かれなくなりました。アメリカなどの諸外国では "Kogal" として日本の若い女性を表す一般的な言葉として認識されています。どちらかというと諸外国では Kogal は性的嗜好やフェティシズムの1つとして認識されています。

ヤマンバ

1990年代後半~2000年代初期ぐらいまで流行していました。ヤマンバの語源は山姥です。(やまうば⇒てやまんば)日本の民話の中で、紹介される山姥が総じて白髪で手入れをしていない長髪であったことから由来しています。それまでギャルやコギャルにも採用されていたガングロと化粧に加えて、髪の毛の脱色が特に特徴で、髪の毛の部分的な着色・脱色をしたメッシュを施して、乱れたように形作った髪形が特徴です。そして、ネガポジ反転をしたかのようなメイクが流行となりました。自身のタンニングされた黒い肌とは対照的に白い色のグロスやアイラインを施す事がヤマンバの間で大流行しました。

そしてこの頃から「汚ギャル(おギャル)」と呼ばれる何日も風呂に入らず下着も替えないような、不潔にしているギャルをテレビのバラエティ番組『学校へ行こう!』などで頻繁に取り上げられていました。特にヤマンバにあたるギャルがターゲットにされることが多くみられました。

彼女たちは化粧も上塗りを繰り返すためにヤマンバやマンバ以上に濃く化粧をして、ショーツ(パンティー)の中にナプキンをすることで、ナプキンを取り替える事で必要最低限の衛生を保っていました。このようなヤマンバ達の生活がバラエティで紹介されていたのも、ギャルの社会風刺の1つでもあり、特に当時のギャル・ヤマンバは家出をする事が日常的だったので、こうした彼女たちの行動パターンから「プチ家出」という流行語にも発展していきました。家出中の時は、外泊を繰り返します。そして家出中は渋谷や池袋などで野宿をしたり、一人暮らしの男性の友達の部屋に上がっては「男女間のバーター取引」を条件にして、風呂や食事を提供させてもらうなどの行為もマスコミに取り上げられた問題となりました。

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ギャルの歴史 2000年代~

マンバ

2003年から2013年現在の今も継続しているギャルファッションの一つです。ヤマンバの進化系ファッションで、ヤマンバにもあったガングロもさらに強く強くとタンニングを行ってゴングロ、あるいはバチグロと呼ばれるぐらいに、さらに黒く焼けた肌を求めているのが特徴です。ヤマンバを継承しているために、白い口紅やアイラインはそのまま使われていますが、アイラインに関しては特に目の周りにも白の濃く幅広に引いて、見た目はまるでフェイスペインティングに近い感覚で描きこむようにメイクがなされています。目の周りは縁にマスカラや黒いアイラインやペンシルで色濃くラインを描いています。口紅は、唇も白系のグロス等を塗るといった化粧をしています。ヤマンバに比べると、今までの常識では考えられないメイクとなっています。マンバのファッションではパンツルックよりも極端に短いミニスカートを中心にコーディネートされています。そのファッションは原色系や派手な柄ものといったものでまとめているのが特徴です。バービー人形のようなマンバスタイルをバンバ、セレブ系のファッションを取り入れたマンバをセレンバと呼んでいます。全盛期に比べて、かなりマンバの数は少なくなっていますが、渋谷の「げーはーこ」に代表されるように今でも一部でこのファッションが見ることができます。マンバに相当するファッションを装った男性をセンターGUYと呼んでいます。

ビビンバ

ギャルファッションのひとつです。未成年者を中心にマンバでかつB系の格好をしています。渋谷を中心に棲息していて、一部ではギャルサーを作って活動しています。

白ギャル

この時代のギャルファッションの大きな変革の1つとして「白ギャル」が登場したことです。「白ギャル」の登場で、より幅広いギャル系が生まれて進化を生むようになりました。それまでのギャルは日焼けサロンに通って自分の身体をタンニングして、黒さ具合を維持していました。なぜ黒かったかというと、ギャルが本来はサーファーファッションやLAファッションを源流としていたからです。

初代ギャルのカリスマと呼ばれた安室奈美恵が出産を控え、そのまま産休をとりしばらく芸能界から離れたこともあり、その後に登場した浜崎あゆみが2000年頃よりブレイクし始めてくると、その浜崎あゆみの容姿や風貌から、浜崎あゆみが「第2のギャルのカリスマ」となりました。時を同じくして化粧業界でも美白ブームが起こったこともあり、浜崎のような白い肌にブリーチによって金髪に近い色にした髪の色は、浜崎あゆみ年齢に近い女性に大きく支持されることになりました。2000年以降に登場するギャルは「白ギャル」と呼ばれる系派が次第に勢力を増してゆくことになりました。また、白ギャルはお姉系ファッションに比較的近い感覚を好む傾向があるので、黒ギャルに比べると落ち着いた印象があるため、ファッションなど明確なテイストの違いを見た目にも識別できます。

お姉ギャル(オネギャル)

S Cawaii!の創刊と共に、特に高校を卒業したギャルのことをお姉ギャルと呼んでいました。このお姉ギャルは2000年頃によく使われました。当時のギャル系とお姉系との間のファッションコンセプト自体に根本的な違いがありました。実際に1990年代末期当時に発売されていたお姉系の赤文字雑誌の中で、最も発行部数を占めていたのはJJの様なお姉系の中でも上品な部類に位置されるファッション雑誌でした。その為に、ギャルからお姉系への移行を目的としたニッチ的なジャンルとしてお姉ギャルが誕生しました。

お姉ギャルは全体的にシンプルにまとめるのが特徴的で、ファッションに原色を中心にまとめているギャルとは見た目が全く違っています。しかしメイクに関しては、ギャルが好んだ「目力を強調したメイク」を踏襲しているので、眉や目のラインを念入りに書き込んでいます。お姉系への移行を兼ねていたので、肌の色は当時より登場していた「白ギャル」の系統です。その後、しばらくはお姉ギャルという言葉を耳にすることができましたが、2004年頃からCanCam、ViViなどのお姉系雑誌にギャルが直接移行し始めたこともあり、2006年頃からはお姉ギャルという言葉自体は耳にしなくなりました。S Cawaii!というギャルと他のファッション系統と繋ぐ意味の中間的な位置付けのファッション雑誌は残っています。そして、当時のお姉ギャルは2010年代でのセレカジに近い着こなしです。

ギャル文字アプリ紹介だょ

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